アービタックスやベクティビックスの抗癌剤が注目されるもう一つの理由が、大腸癌で初めて遺伝子検査で効果を事前に判定する「個別化治療」が可能になった事です。目印の癌細胞の遺伝子が変異している人は、これらの薬も効かず、大腸癌患者の3~4割はこのタイプだと言います。
この研究結果は、平成20年に米国の学会で発表され、その後欧米では、抗癌剤を使う前の遺伝子検査が必須となりました。日本でも今年4月に漸く、公的医療保険で検査が認められました。3割負担の場合は、6千円の自己負担となります。

国立がん研究センター東病院(千葉県)消化器内科の吉野孝之医師が、保険適用前に実施した調査では、アービタックスの使用前に遺伝子検査をしていた医療機関は、12%に過ぎませんでした。
「これまでは、抗癌剤が効かない人にも投与されていたが、保険適用により、こうした無駄がなくなる」と吉野医師は指摘します。

ただ、分子標的薬には、高額な医療費という問題もあります。例えば、身長165cm、体重60kgの患者が「FOLFIRI療法」と呼ばれる従来の治療法を行うと、月約18万円(3割負担で約5万3千円)に上ります。これにアービタックスを上乗せすると月約91万円(同約27万円)で、治療期間は数ヶ月から時には1年以上にもなります。大腸癌には、この他、アバスチンという分子標的薬もあり、ベクティビックスも含め、いずれも高額です。

医療費の負担が多い場合、後で払い戻しを受けられる「高額療養費制度」が利用出来ます。一般所得世帯(概ね年収600万円以下)の人が約27万円を負担した場合、この制度を利用すれば約19万円が払い戻されます。しかし、月約8万円でも負担は重いのです。

癌研有明病院化学療法科の水沼信之消化器担当部長は、高額な分子標的薬を使いこなすには、効き目がある人を更に遺伝子で絞っていく研究が不可欠だと言います。
ただ、「高額だから使わないというのは間違いで、新しい薬を使う事で医療も進歩する。薬の選択肢が多い程市場原理も働き、将来的には価格も下がる可能性が高い」とも指摘しています。


大腸癌の個別化治療の仕組み:

 癌細胞は、勝手に増えたり、周りに新たな血管を作り栄養を取り込もうとしたりする。分子標的薬は、この増殖に関わる伝達経路を遮断する仕組みの抗癌剤。
 この伝達経路で重要な役割を担う遺伝子が変異していると、幾ら遮断しても効果が無く、勝手に癌細胞が増殖してしまう。

 

抗癌剤の個別化治療の流れ
大腸癌の組織を
遺伝子検査
遺伝子情報
を分析
遺伝子の
変異無し
分子標的薬
を使用
遺伝子の
変異有り
使用せず

大腸癌の抗癌剤治療が今春、大きく変わりました。新しい作用の抗癌剤が、初期の治療で使えるようになり、その人毎の効果を事前に調べる「個別化治療」も出来るようになりました。大腸癌は、10年後には胃癌や肺癌を抜いて、最も患者数が多くなる見込みです。新たな薬の登場は朗報ですが、高額な医療費の負担という問題も生じています。

愛知県豊田市に住む男性(65歳)は、6年前、人間ドックで大腸癌が見つかりました。「余命2年」と告げられ、手術を受けましたが、その後、肝臓への転移が分かりました。抗癌剤療法も効かず、癌の目印(マーカー)となる血中の物質を調べる腫瘍マーカーの値は、ぐんぐん上がっていきました。

そこで主治医に勧められたのが、「アービタックス」という抗癌剤でした。平成20年12月、1回の点滴で、腫瘍マーカーの値が急降下しました。3ヶ月後には、転移した肝臓の腫瘍も小さくなり、切除する事が出来ました。昨秋には両肺への転移も見つかりましたが、手術で取りました。

最近は毎日、近所のゴルフ場に通い、元同僚達とプレーを楽しみます。2ヶ月に1度の経過観察は欠かせませんが、「新しい抗癌剤のお陰で、命を救われた」と喜びます。

大腸癌の患者数は、年間約10万人に上り、高齢化や食生活の変化に伴い、年々増えています。アービタックスは、手術出来ない進行・再発大腸癌患者向けの抗癌剤で、平成20年9月に発売されました。

「分子標的薬」と呼ばれる新しいタイプの薬で、癌細胞の増殖に関わる蛋白質を標的に攻撃します。従来の抗癌剤が正常な細胞も叩くのに比べ、分子標的薬は的を絞って攻撃する為、副作用が少ないとされます。従来の化学療法に上乗せして使った方が、効果が大きくなります。

当初は、初回の治療に試す「1次治療」では認められず、他の抗癌剤を試しても効き目がない場合のみ、使用が認められていました。しかし、海外での大規模臨床試験により、1次治療でアービタックスを使った患者の生存期間は平均23.5ヶ月と、使わなかった患者より3.5ヶ月延びる事が分かりました。また、腫瘍が大きくならず安定している期間も平均9.9ヶ月と、使わなかった患者に比べ、1.5ヶ月長くなりました。

この結果を受け、今年3月から1次治療での使用が公的医療保険で認められました。愛知県がんセンター中央病院の室圭薬物療法部長は、「アービタックスは短期間で腫瘍が小さくなるので、全身状態が悪い人にも使える。転移した腫瘍が縮小し切除出来れば、治癒の可能性も出てきた」と説明します。

6月15日には、同じ作用で働く分子標的薬「ベクティビックス」も発売され、患者の治療の選択肢が広がりました。「効果に差は殆ど無い」(室さん)が、アービタックスの点滴間隔が週1回なのに対し、2週間に1回で済みます。

いずれの薬も重い副作用は少ないのですが、発疹や乾燥によるひび割れなど、皮膚障害が約9割に出ます。豊田市の男性も、顔や胸など全身に発疹が現れた他、手のひび割れも酷く、絆創膏を巻いて過ごしたと言います。

アービタックスでは、気管支痙攣や意識消失などの「急性輸注反応」が、5%未満の確率で出る可能性があります。また市販後、因果関係が否定出来ない心不全により、死亡した事例が2件報告され、添付文書の「重大な副作用」に、心不全と重度の下痢が付け加えられました。治療前に医師から十分説明を受けて理解しておく事が重要です。


[朝日新聞]

これから冬の季節ですが、紫外線には気を抜けません。世界保健機関(WHO)の国際がん研究機関は、発癌リスクが特に高いものとして、煙草やアスベスト、X線、太陽光などを上げます。昨夏には、日焼けマシン(タンニングマシン)を追加しました。皮膚癌や眼球の色素細胞にできる癌のリスクが高まるとしています。

ただ、日本セーフティ・タンニング協会は、「日本人のような黄色人種に、紫外線への耐性が低い白色人種のデータが当てはまるとは言い難い」と反論。同協会の長岐俊彦顧問は、「長時間使えば、火傷などのリスクが上がるのは当然。長くても30分程度、次は1日おいて、という使い方を利用者も知って欲しい」と話します。

食べ物に癌を抑える効果があるかどうかを、科学的に調べようという試みも進められています。厚生労働省の研究班(主任研究者、住吉義光・元四国がんセンター病棟部長)は、キノコ類の健康食品に癌を抑制する力があるか調べた臨床試験の結果を纏めました。

四国がんセンターや北海道大、京都大学病院など7施設で実施。早期の前立腺癌で、直ぐ治療を始める必要がない患者74人(平均年齢73.5歳)に、1日4.5g、6ヶ月間、キノコの抽出物から作った食品「AHCC」を食べ続けてもらいました。癌の進行度の指標となる前立腺特異抗原(PSA)でみると、薬と同様の効果があったのは74人の内1人だけ。4ヶ月後にPSAが54%下がったと言います。

また、参加した患者のデータを平均すると、通常右肩上がりに上がっていくPSA値は、ほぼ横這いでした。住吉さんは、「AHCCに抗癌剤のような効果は無い事が分かった。ただ病気の進行が穏やかになる可能性は示唆されるので、更なる検討が必要だ」と話します。この結果は、盛岡市で4月27日から開かれる日本泌尿器科学会で発表されました。

大阪大の伊藤壽記教授(生体機能補完医学)も、化学療法を続けている約50人の癌患者にAHCCを摂取してもらい、抗癌剤の副作用が軽減するかを調べています。

伊藤教授は、「患者は少しでも生活の質を上げたいと考えている。国には、玉石混合の機能性食品を一つ一つきっちり調べ、安全性や有効性を検証する体制の整備が望まれる」と指摘します。

癌を予防する為にどんな事に気を付けて生活をすれば良いのでしょうか。癌を防ぐ効果を謳う食品なども出回る中、臨床研究などの科学的な根拠に基づいているかどうかで見分ける必要があります。

「この食品は、癌予防に効くんでしょうか」。こんな質問を、埼玉県を中心に活動する「がん患者会シャローム」代表の植村めぐみさんは、患者や家族等から何度も受けます。その度に、「科学的な根拠はあるものなんですか?」と同じ質問を返します。

癌予防を謳う様々なサプリメント(補助食品)があります。通常の癌治療以外の健康食品や民間療法は、補完代替療法と言われます。

植村さんは、10年前に癌の治療を受け、現在も再発を防ぐ為に薬を飲み続けています。以前は、癌の再発防止に効果があると聞き、アガリクスや漢方薬などを毎月4万~5万円程買っていました。「患者自身も、何かをしなければいけないという気持ちになる」と、植村さんは振り返ります。そんな気持ちを主治医が抑えてくれました。「癌の進行を抑えたり、再発を防いだりという効果が科学的に証明された健康食品は無いんです」

厚生労働省研究班は、昨年10月、生活習慣と癌予防法について研究成果を纏めました。日本人を対象にした数万から十数万人規模の疫学調査です。

「先ず煙草を止める事」と国立がん研究センターの津金昌一郎がん予防・検診研究センター部長は言います。

喫煙は、肺癌、胃癌、食道癌の発症リスクを確実に上昇させ、肝癌や膵臓癌でもほぼ確実。喫煙者の発癌リスクは、吸わない人に比べて男性で1.6倍、女性で1.3倍高まります。特に肺癌へのリスクは高く、男性で4.4倍、女性は2.8倍に上昇します。癌で死亡した日本人の20~30%は、喫煙が原因とされます。

飲酒もリスクを高めます。大腸癌や食道癌、乳癌など。飲酒量が増えるに従い、リスクは増加していきます。

しかし、一定量を超えなければ心筋梗塞や脳梗塞など、他の病気のリスクを下げる効果があると言います。飲む場合、1日当たり日本酒1合、ビール大瓶1本、焼酎は1合の3分の2、ワインはボトルの3分の1程に。癌予防の為に気を付ける事として、国立がん研究センターは6項目を挙げています。

癌予防の効果を謳う健康食品などを使ってみたい。

そんな時は、「情報を鵜呑みにしない心掛けが必要」と、埼玉医科大の大野智講師は指摘します。例えば、使った人の体験談や専門家のコメントだけで効果をアピールしているものは、信頼性に欠けます。実験データを提示していても、マウスや細胞での実験だけでは科学的根拠としては不十分です。

様々な食品の効果や危険情報などを纏めている国立健康・栄養研究所のサイトも参考になります。

 

国立がん研究センターの
「日本人のためのがん予防法」
喫煙 煙草は吸わない
他人の煙草の煙を出来るだけ避ける
飲酒 飲むなら、節度のある飲酒をする
食事 食事は偏らずバランス良く
食塩の摂取は最小限に
野菜不足、果物不足は避ける
加工肉や赤肉(牛・豚・羊など)は摂り過ぎない
飲食物を熱い状態で摂らない
身体活動 日常生活を活動的に過ごす
体形 成人期での体重を適正な範囲に維持
(太り過ぎない、痩せ過ぎない)
感染 肝炎ウイルス感染の有無を知り、
感染している場合はその治療の措置を取る


[朝日新聞]

癌検診は、質の確保が欠かせません。癌の見落としが多かったり、逆に癌でない人が沢山精密検査を受けていたりすると、検診の意義が問われます。検診の「精度管理」は、受診率の向上策に比べて目立たない取り組みでしたが、その重要性が注目され始めています。

ご多分に漏れず、日本でも癌検診の質にはバラツキがあります。

宮城県は、市町村の癌検診を基準を元に評価し、改善点のアドバイスを市町村に伝えています。平成18年度実施分から全ての評価結果をインターネット上で公表しています。これで取り組みが不十分だった市町村の底上げに成功しました。

評価項目は、検診対象者の名簿を作成しているか、精密検査を受けなかった人に受診を勧めているかなどで、検診の種類毎に23~24項目のチェックリストになっています。厚生労働省の検討会が作ったリストを元にしました。全項目を満たすとA評価、満たない項目が1~4個ならB評価、5~8個はC評価です。

平成18年度に実施した癌検診では、36市町村の中でC評価は8ありましたが、平成19年度はCが零になり、全般にA評価の市町村が増えました。かつてC評価を受けた町の担当者は、「精密検査の受診率が低いなどの問題があった。電話で受診を勧めるなど改善した」と言います。

検診で「精密検査が必要」とされた人が検査を受けなかったら、癌の発見が遅れる可能性がありました。ただ地方の病院は、慢性的な医師不足。医師や技師が検診の研修に時間を割くのが難しい面もあります。

宮城県対がん協会がん検診センターの渋谷大助所長は、「評価して結果を公表する仕組みは、質の向上に役立っている。ただ全国的に、未だ珍しい取り組み。他の都道府県も参考にして欲しい」と言います。

市町村から受託して癌検診を実施している同協会も、質の向上に努めています。検診のX線画像などのデジタル化を進め、コンピューターに蓄積。医師が画像から癌を疑った時、前回の画像を直ぐ取り出して比較出来ます。渋谷所長は、「比較して判断しやすくなり、不必要な精密検査を減らす事が出来た」と言います。

厚労省は平成19年度、「がん検診事業の評価に関する委員会」を開き、報告書を纏めました。当時の調査では、評価のチェックリストを活用している市は、全国の2割程度しかなく、報告書はリストで実態を把握するように求めました。

この委員会のメンバーだった国立がん研究センターの斎藤博検診研究部長は、「宮城県は頑張っているが、全国の自治体にはチェックリストの意義が未だ十分理解されていない。精度管理に力を入れないと質を保てない」と語ります。


市区町村の検診/会社などの職域検診/個人での人間ドックなど、検診の質を見分ける目安は?

日本人間ドック学会では、会員施設の機能評価をネットで公表しています。検診の質などについて、優・良・可の評価を見る事が出来ます。癌検診でX線画像を調べる「読影」に関しては、医師のダブルチェックが実施されていると安心出来ます。

乳癌検診については、NPO法人マンモグラフィ検診精度管理中央委員会が、撮影認定診療放射線技師・医師検診施設画像認定施設の認定をしており、施設名などをネットで公表しています。

 

宮城県市町村の癌検診評価結果
平成18年度実施分
種類 胃癌 子宮癌 肺癌 乳癌 大腸癌
A評価 13 16 11 13 13
B評価 22 20 21 21 22
C評価  
平成19年度実施分
A評価 19 21 17 23 18
B評価 17 15 19 13 18
C評価          


 注:市町村数


[朝日新聞]

多くの癌は、「早期発見、早期治療」により死亡のリスクを下げる事が出来るとされます。癌検診の受診率が欧米に比べ低い為、厚生労働省は2年後までに受診率50%以上目指します。ボランティアの活用や無料クーポン券の配布など、受診率を上げる対策の効果や受診率を巡る問題点について考えます。

★普及にボランティア4400人、富山県

「検診、受けて下さいね」。富山県高岡市の市保健センターで、市ヘルスボランティア協議会会長、高橋幹子さん(56歳)が、訪れた男性に折り紙で作った小さな傘を手渡しました。傘には、「忘れないで! がん検診」とのメッセージが書かれています。同協議会は、昨春、地域の体操教室などでコースターや栞などを配り、検診参加を呼び掛け始めました。

切っ掛けは、高橋さん自身の「近くにいた人にすら、検診の大切さを伝え切れていなかった」という体験が大きいとか。地区で共に健康作りに取り組んでいた仲間が約2年前、突然体調を崩しました。末期の胃癌でした。検診は、一度も受けていなかったと言います。

富山県によると、平成19年の高岡市の胃癌や子宮癌などの検診受診率が県内平均より低かったそうです。協議会の活動はこうした状況の打開策として期待が掛かります。協議会の活動を支えるのは、高岡市内全28地区にある婦人会メンバーで、地域での草の根の拡がりも期待出来ます。

富山県は、癌予防の普及を担うボランティア「がん対策推進員」を、5年間で5千人近く育成。今は市町村で独自に養成し、癌だけでなく健康作り全般を支援する推進員も含め、県内で約4400人が活動していると言います。
富山県内の市区町村が実施した平成17年の肺癌検診の受診率は、全国平均より約20ポイント高い42.2%。胃癌検診の受診率も全国平均よりも8.2ポイント高い20.6%です。

平成19年にできた国のがん対策推進計画は、11年度までに各癌の検診受診率50%以上の達成を目標に掲げます。しかし、現状は目標から遠いものです。

経済協力開発機構(OECD)の平成21年調査によると、特に検診による死亡率減少効果が高いとされる子宮頸癌や乳癌は、欧米では7~8割の受診率ですが、日本はどちらも2割強に留まります。大腸癌検診は米国が5割なのに対し、日本は2割強です。胃癌や肺癌検診は、欧米では実施していない国も多く、国際比較は出来ません。国内の受診率推移を3年に1度の国民生活基礎調査でみると、平成16年から19年にかけ、男女とも増加傾向にあるものの、殆どの癌は受診率が3割以下でした。

日本対がん協会によると、平成20年は特定検診(メタボ検診)が始まった影響で、胃癌と肺癌、大腸癌の受診率は下がりました。


★受診率の定義が曖昧

厚労省は昨年7月、「がん検診50%推進本部」を設置。昨秋には比較的若い年齢で問題になっている乳癌と子宮頸癌について、特定の年齢の人に、無料クーポン券と検診手帳を配布する事業を始めました。更に、企業や団体が従業員を対象にする「職域検診」で、受診率の向上に取り組む「がん検診企業アクション」を実施。癌検診を巡る最新情報や検診率を上げる助言を提供するとして、参加企業を募集しています。

日本対がん協会が、全国46道府県の支部を対象に調べたところ、平均で乳癌検診受診率は1月末時点で前年比15%、子宮頸癌は9%上がっていました。無料クーポン券配布の効果だと見られると言います。ほぼ全ての支部で、乳癌検診の受診率は、前年度より増えていました。宮崎県(前年度比215%)や滋賀県(同168%)と大きく伸びた支部もありました。乳癌も子宮頸癌も、若い年齢層や、初めての検診の人の受診率が上がったところが多かったようです。

但し、無料クーポン券配布だけでは、受診率向上に限界があります。民間団体の「子宮頸癌制圧を目指す専門家会議」が、2月に全国の自治体にアンケートしたところ、クーポン券利用率が20%以上の自治体と10%未満の自治体では、クーポン券利用を促進する為に取った対策の傾向がやや異なる事が分かりました。

調査を担当した鈴木光明自治医大教授(産科婦人科)は、「ポスターや広報で知らせるだけでなく、土日や夜間にも検診を実施して受診しやすい環境を作る、改めて葉書や電話で受信を促すといった、積極的な対策が必要だと確認出来ました」と言います。
癌検診に詳しい久道茂宮城県対がん協会長は、「受診率を上げるには、様々な対策を組み合わせると同時に、一人一人に、自分の健康は自分で守る、という意識をもっと確り持ってもらう事も大切だ」と強調します。

そもそも癌検診受診率に関しては、統一した定義が無いという課題もあります。全国の受診率を表すのに使われるのは、各市区町村が地域保険・健康増進事業報告の一環として纏める住民検診受診率と、国民生活基礎調査で3年に1度実施する質問への回答から推計した受診率がありますが、どちらも問題があります。

住民検診の受診率には、職場で実施される検診や個人で受診する人間ドックなどは含まれていません。国民生活基礎調査の場合には、回答者が検診と治療の為の検査を区別して答えているかが不明です。久道さんは、「きちんとした統計無しに、対策の効果は検証出来ない。全国統一基準での受診率の調査と、癌患者発生数、死亡数の正確な把握をすべきです」と指摘します。


[朝日新聞]

肺癌検診は、米国やチェコで行われたRCTで有効性が否定された他、世界の優れた研究を再検証する「コクラン共同計画」や米政府の予防医学作業部会も、このRCTに基づき有効性を示す根拠は不十分としました。日本肺癌学会の平成17年版指針も同じ内容です。

厚労省の肺癌検診指針作りに携わった大阪府立成人病センターの中山富雄疫学予防課長は、海外のRCTは1970年~80年代の研究で現在の医療水準と異なり、根拠として使えないと話します。「複数の症例対照研究で、同じ傾向が出た」とし、有効だという方向性には異論がないと言います。

一方で、日本には専門家が少なく、指針の根拠となった論文の執筆者と指針作成者がほぼ同じで問題がある事は認めています。米国で大規模なRCTが進んでおり平成27年頃結果が出ますが、「有効性無し」だった場合、日本の検診に影響が出るだろうとも話します。

胃癌検診も、米国立がん研究所が、「米国では推奨しない」としています。世界でも胃癌検診が日本や韓国位なのは、患者が多いという事情があります。胃癌の原因となるピロリ菌感染者が多く、塩分の摂取量も多い為です。しかし、ピロリ菌感染者も塩分摂取量も減る傾向で、50代以上は約7割がピロリ菌に感染しているとされるのに対し、40歳以下は1~2割程度。胃癌になる率も死亡率も下がってきています。

北海道大学の浅香正博教授(消化器内科)等は、血液検査でピロリ菌感染や胃粘膜の状態を調べ、リスクが高い人のみ、X線ではなく内視鏡で検査する方法を提唱します。50歳以上を対象に検診し、ピロリ菌感染者は除菌治療後、定期的に内視鏡検査を受ければ、胃癌の死亡率は10年以内に現在の5分の1以下に減ると、浅香教授は試算します。「血液検査ならバリウム法より簡便。除菌治療で予防も期待出来る」

海外では、最近、検診により不必要な精密検査が行われ心理的不安感が増すなど、「検診の不利益」が注目されています。放射線被曝の問題もあります。国は今のところ、胃癌検診も肺癌検診も、不利益より利益の方が上回るという考え方ですが、新たな胃癌検診法の開発や肺癌の米国でのRCTの結果次第では、方針が変わるかもしれません。

但し、結論が出るまでには時間が掛かりそうです。国立がんセンターの斎藤博検診研究部長は、「RCTでの評価が原則だが、多数の質の高い症例対照研究が同じ結果を示せば、一定の科学的根拠となる。ピロリ菌除菌で胃癌死が減る証拠は無く、不利益も懸念される。内視鏡が検診に使えるかも研究段階だ」と指摘します。


胃癌・肺癌検診:

 胃癌検診では、胃を膨らませる発泡剤と、胃の粘膜が見えやすくなるようX線を反射するバリウムという造影剤を事前にのみ、胃にX線を当てながら7~8枚撮影する。

 肺癌検診は、肺全体にX線を当てながら1~2枚撮影する。50歳以上で煙草を多く吸うなど、リスクの高い人には、痰の中に癌細胞が含まれていないかを調べる喀痰検査も併せて実施する。いずれも40歳以上を対象に、年1回実施される。

胃癌、肺癌は日本人が最もなり易い癌で、国も検診を勧めています。しかし、国際的には、この二つの癌検診を実施している国は殆ど無く、検診の有効性を示すデータは、日本発のものしかありません。

新潟大学で予防医療学を教える岡田正彦教授(63歳)は、過去に一度も胃癌や肺癌検診に行った事がありません。「年1回、職場に検診車が訪れ、胃や胸部のX線撮影が行われるが敢えて受けていない」と言い、「がん検診の大罪」という著書もあります。

国は、胃癌、肺癌、大腸癌、乳癌、子宮頸癌の五つの検診指針を作り自治体に実施を求めています。大腸癌、乳癌、子宮頸癌検診は、国際的にも有効性が確認され各国が導入しています。しかし、胃癌は韓国、肺癌はハンガリー位です。

岡田教授は、胃癌も肺癌も、国際的に「検診による死亡率減少」を示すデータが無いのに、科学的根拠のレベルが低い日本の研究をもって、推奨するのはおかしいのではないか。と主張します。

研究の信頼度には、その研究手法によってレベルがあります。最も高いのは「ランダム化比較試験(RCT)」。研究対象になる人を籤引きのように無作為(ランダム)に二つの集団に分け、病気になる率や死亡率などを比較します。
これに次ぐのが「コホート(集団)研究」です。特定の条件で選んだ集団を追跡して調べます。
「症例対照研究」もあります。病気になった集団と、ならなかった集団の過去を遡り、生活習慣の違いなどを比較します。

国の検診指針は、厚生労働省研究班が作りましたが、有効性評価は主に、日本で行われた症例対照研究とコホート研究が根拠として用いられました。症例対照研究は、癌で死亡した集団と、その集団と年齢などが似ている住民を比較し、検診受診者と未受信者の癌死亡率を検証。コホート研究は、ある時点で検診を受けた集団と受けなかった集団の数年後の死亡率を比べました。
いずれも受診した人の方が受けなかった人に比べ、癌で死ぬリスクが30~60%程度低い、という結果でした。

しかし、症例対照研究の検診受診者は、健康に関心が高いから検診を受けたとも考えられます。岡田教授は、健康への関心が高い為、死亡率も低くなった可能性があると指摘します。「生活習慣など他の要因で、非受診者に比べ、癌死亡率が低い可能性がある」。
コホート研究では、研究開始後に検診を受けたかどうかは考慮されていないと言います。

一方で、RCTは、対象者が検診を受けられない場合があると了承してもらう必要があります。山形大学の深尾彰教授(公衆衛生学)は、「既に日本では検診が広く実施され、検診を受ける集団と受けない集団とに分ける事は不可能だ」と限界がある事を認めます。


[朝日新聞]

子宮頸癌の引き金になるウイルスに感染しているかを調べる新しい検査方法を検診に取り入れる自治体が出ています。検査で早く細胞の異常が見つけられますが、感染が全て癌に繋がる訳ではありません。検査結果をどう捉えて良いか悩まないように、事前に検査について良く理解しておく必要があります。

★早期に異常発見

島根県では、「20歳になったら、子宮頸癌検診を受けましょう」という小冊子を作成し、住民に配布しています。松江市や出雲市など全市町村の約半数に当たる10自治体が今年度、検診にHPV(ヒトパピローマウイルス)検査の併用を始めました。従来は子宮の入り口の粘膜をブラシなどで擦り取り、細胞に異常がないかを顕微鏡で調べる「細胞診」と呼ばれる検査を導入していました。HPV検査は、この細胞に癌に繋がるウイルスが感染しているかどうかを確かめるものです。

同県は、平成19年~20年度にモデル事業として併用検診を始め、普及を図ってきました。「検診受診者が高齢者に偏っていたのが最大の理由。HPVの感染率が高く、最も受けて欲しい20~30代に関心を持ってもらいたっかた」と県立中央病院の岩成治母性小児診療部長は話します。

同県では20~30代の患者が3分の1以上を占めますが、受診率は一桁台でした。これが平成19年度は、前年度の2倍以上増えました。子宮頸癌は、癌になる前の細胞の異常がある「前癌状態」から、「超早期癌」を経て、より進んだ「浸潤癌」になります。超早期癌の患者数も若い受信者が増えた為、それまでは50人台でしたが、平成21年は100人に増えました。

超早期癌なら、癌の部分切除で済み、将来的に妊娠も出来ます。浸潤癌は子宮などを摘出する場合が多いのです。

厚生労働省によると、平成21年1月現在で、HPV検査を導入していたのは約1800自治体(当時)の内36市町村。未だ限られますが、今年度から徳島県鳴門市が費用を一部助成するなど広がる兆しがあります。自治医大さいたま医療センターの今野良教授は、日本対がん協会と協力し岩手や富山、福岡、沖縄で1万人に検査を受けてもらう研究を始めました。今野さんは、「子宮頸癌は予防出来る。早めの治療に繋げる事が重要だ」と話します。


★9割は自然消滅

HPVは、性交渉でうつります。性交渉のある女性の約8割が一生涯で一度は感染すると言われますが、通常は感染しても免疫によりウイルスは消えます。ただ10%程は、感染が続き癌になります。国は指針で、20歳以上は2年に1度、細胞診による検診を受けるよう勧めています。HPV検査は、細胞が変化する出発点となる感染の有無を調べるので、前癌状態を見付け易いのです。細胞診と併用すれば見落としも減り、前癌状態をほぼ100%見つけられます。両方陰性なら、検査間隔を3年に延ばせるという報告もあります。

ただ、前癌状態が必ず癌になる訳ではありません。前癌状態でも異常な細胞が未だ限られている状態から、癌になるのは数%。進行も数年単位でゆっくり進む為、経過観察する場合が多いのです。特に20代は他の世代より性交渉の機会が多く、感染率は高くなります。この為前癌状態だと判断される場合が多く、経過観察中に「癌ではないか」と不安を抱えたり、必要ないのに切除などの治療に繋がったりする恐れがあります。若い世代でHPV検査を受けようとするなら、先ず専門医に相談し、こうした点を知るのが重要です。


★有効性証明はこれから

HPV検査により死亡率が下がるかどうかは、未だ科学的に証明されていません。欧州を中心に有効かどうかを調べる大規模臨床試験が行われています。厚労省研究班は、平成21年、「HPV検査は住民検診としては勧めない」とする指針を纏めました。検診に導入する自治体は、そうした事情も住民に説明する必要があります。

指針作りに関わった慶応大の青木大輔教授(産婦人科)は、「HPV検査はかなり期待が持てるが、現段階では検診として安易に導入すべきではない。データを取り纏められるよう計画し、先ず試験的に取り組む必要がある」と指摘します。

 

子宮頸癌になるまで
感染 HPVに感染
自然に治る場合も
前癌状態 感染で変化した細胞が
限定される場合は経過観察
超早期癌
(ステージ0)
癌の部分だけ切除する手術
妊娠も出来る
浸潤癌
(ステージ1~4)
子宮を全摘出する手術など


[朝日新聞]

戸井雅和、京都大学大学院医学研究科 外科学講座乳腺外科学教授

現在、乳癌は非常に増えています。平成12年の時点で、女性の癌のトップとなりました。日本人の乳癌の発生ピークは、概ね50歳ですが、ほぼ全ての年齢層で発生率が増加しています。先ずは乳癌が、国民病の一つになりつつある事を認識して頂く必要があると思います。

欧米では、検診の普及、薬の進歩により、1990年(平成2年)代以降、死亡率が減少しています。しかし日本では残念ながら、死亡率が減少に転じるまでには至っていません。日本は欧米に比べると発生頻度も死亡数も4割程度と低いのですが、ともに急激に右肩上がりで増えているのが問題です。

日本人は元来、欧米人より乳癌になる確率は低いのですが、海外で生まれた日系人の発症率は欧米人とさほど変わりません。子供の頃海外に移住した人の場合、海外で生まれた日系人の半分程の発症率だと言われています。その事からも、乳癌の発症には、人種そのものよりも、環境やライフスタイルが大きく関わっていると考えられます。

また乳癌は臨床で見つかるまでに平均で10年掛かります。シンガポールでは20代の乳癌発生が増えていますが、10代からのライフスタイルがその後の乳癌の発生に影響を与える事も考える必要があるでしょう。

乳癌のリスク因子として一般的に言われているのは、遺伝子異常、女性ホルモン、肥満、運動不足、食事、糖尿病、煙草、アルコール、放射線等です。

拠って乳癌の予防は、これらのリスクを避ける、またはリスクを下げる事となります。例えば、乳癌の大きな原因である女性ホルモン。何らかの理由で卵巣を切除した女性の乳癌リスクは、100分の1になると言われています。女性ホルモンは、乳癌の増殖をサポートするように働くと考えられており、女性ホルモンの受容体に影響を与えるエストロゲン受容体調整薬などの薬剤を投与する事で、乳癌の発症を抑える事が出来るとの研究報告があります。

乳癌予防に於いては、食生活も重要です。日本では味噌汁や納豆、豆腐に含まれるイソフラボンと乳癌の関係の研究が盛んに行われています。イソフラボンの摂取が乳癌の発生を抑える可能性を示唆するデータも出ています。更に青魚に含まれるEPAやDHA、乳酸菌などと乳癌に関する研究も進んでいます。最近では、ビタミンDが乳癌のリスクを減らす可能性があるとの研究報告も出ています。
日本人の乳癌発生率や死亡率は、欧米から比べれば未だ低いレベルにあります。そこには日本人の食生活も大きく関わっている事でしょう。今後も、乳癌予防に於ける食生活の重要性について、疫学的、科学的研究を進め、その関係を解明して、予防に役立てる事が重要です。

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