大腸癌の抗癌剤治療が今春、大きく変わりました。新しい作用の抗癌剤が、初期の治療で使えるようになり、その人毎の効果を事前に調べる「個別化治療」も出来るようになりました。大腸癌は、10年後には胃癌や肺癌を抜いて、最も患者数が多くなる見込みです。新たな薬の登場は朗報ですが、高額な医療費の負担という問題も生じています。
愛知県豊田市に住む男性(65歳)は、6年前、人間ドックで大腸癌が見つかりました。「余命2年」と告げられ、手術を受けましたが、その後、肝臓への転移が分かりました。抗癌剤療法も効かず、癌の目印(マーカー)となる血中の物質を調べる腫瘍マーカーの値は、ぐんぐん上がっていきました。
そこで主治医に勧められたのが、「アービタックス」という抗癌剤でした。平成20年12月、1回の点滴で、腫瘍マーカーの値が急降下しました。3ヶ月後には、転移した肝臓の腫瘍も小さくなり、切除する事が出来ました。昨秋には両肺への転移も見つかりましたが、手術で取りました。
最近は毎日、近所のゴルフ場に通い、元同僚達とプレーを楽しみます。2ヶ月に1度の経過観察は欠かせませんが、「新しい抗癌剤のお陰で、命を救われた」と喜びます。
大腸癌の患者数は、年間約10万人に上り、高齢化や食生活の変化に伴い、年々増えています。アービタックスは、手術出来ない進行・再発大腸癌患者向けの抗癌剤で、平成20年9月に発売されました。
「分子標的薬」と呼ばれる新しいタイプの薬で、癌細胞の増殖に関わる蛋白質を標的に攻撃します。従来の抗癌剤が正常な細胞も叩くのに比べ、分子標的薬は的を絞って攻撃する為、副作用が少ないとされます。従来の化学療法に上乗せして使った方が、効果が大きくなります。
当初は、初回の治療に試す「1次治療」では認められず、他の抗癌剤を試しても効き目がない場合のみ、使用が認められていました。しかし、海外での大規模臨床試験により、1次治療でアービタックスを使った患者の生存期間は平均23.5ヶ月と、使わなかった患者より3.5ヶ月延びる事が分かりました。また、腫瘍が大きくならず安定している期間も平均9.9ヶ月と、使わなかった患者に比べ、1.5ヶ月長くなりました。
この結果を受け、今年3月から1次治療での使用が公的医療保険で認められました。愛知県がんセンター中央病院の室圭薬物療法部長は、「アービタックスは短期間で腫瘍が小さくなるので、全身状態が悪い人にも使える。転移した腫瘍が縮小し切除出来れば、治癒の可能性も出てきた」と説明します。
6月15日には、同じ作用で働く分子標的薬「ベクティビックス」も発売され、患者の治療の選択肢が広がりました。「効果に差は殆ど無い」(室さん)が、アービタックスの点滴間隔が週1回なのに対し、2週間に1回で済みます。
いずれの薬も重い副作用は少ないのですが、発疹や乾燥によるひび割れなど、皮膚障害が約9割に出ます。豊田市の男性も、顔や胸など全身に発疹が現れた他、手のひび割れも酷く、絆創膏を巻いて過ごしたと言います。
アービタックスでは、気管支痙攣や意識消失などの「急性輸注反応」が、5%未満の確率で出る可能性があります。また市販後、因果関係が否定出来ない心不全により、死亡した事例が2件報告され、添付文書の「重大な副作用」に、心不全と重度の下痢が付け加えられました。治療前に医師から十分説明を受けて理解しておく事が重要です。
[朝日新聞]