癌予防 - 乳癌と食生活の科学的研究が進んでいる

戸井雅和、京都大学大学院医学研究科 外科学講座乳腺外科学教授

現在、乳癌は非常に増えています。平成12年の時点で、女性の癌のトップとなりました。日本人の乳癌の発生ピークは、概ね50歳ですが、ほぼ全ての年齢層で発生率が増加しています。先ずは乳癌が、国民病の一つになりつつある事を認識して頂く必要があると思います。

欧米では、検診の普及、薬の進歩により、1990年(平成2年)代以降、死亡率が減少しています。しかし日本では残念ながら、死亡率が減少に転じるまでには至っていません。日本は欧米に比べると発生頻度も死亡数も4割程度と低いのですが、ともに急激に右肩上がりで増えているのが問題です。

日本人は元来、欧米人より乳癌になる確率は低いのですが、海外で生まれた日系人の発症率は欧米人とさほど変わりません。子供の頃海外に移住した人の場合、海外で生まれた日系人の半分程の発症率だと言われています。その事からも、乳癌の発症には、人種そのものよりも、環境やライフスタイルが大きく関わっていると考えられます。

また乳癌は臨床で見つかるまでに平均で10年掛かります。シンガポールでは20代の乳癌発生が増えていますが、10代からのライフスタイルがその後の乳癌の発生に影響を与える事も考える必要があるでしょう。

乳癌のリスク因子として一般的に言われているのは、遺伝子異常、女性ホルモン、肥満、運動不足、食事、糖尿病、煙草、アルコール、放射線等です。

拠って乳癌の予防は、これらのリスクを避ける、またはリスクを下げる事となります。例えば、乳癌の大きな原因である女性ホルモン。何らかの理由で卵巣を切除した女性の乳癌リスクは、100分の1になると言われています。女性ホルモンは、乳癌の増殖をサポートするように働くと考えられており、女性ホルモンの受容体に影響を与えるエストロゲン受容体調整薬などの薬剤を投与する事で、乳癌の発症を抑える事が出来るとの研究報告があります。

乳癌予防に於いては、食生活も重要です。日本では味噌汁や納豆、豆腐に含まれるイソフラボンと乳癌の関係の研究が盛んに行われています。イソフラボンの摂取が乳癌の発生を抑える可能性を示唆するデータも出ています。更に青魚に含まれるEPAやDHA、乳酸菌などと乳癌に関する研究も進んでいます。最近では、ビタミンDが乳癌のリスクを減らす可能性があるとの研究報告も出ています。
日本人の乳癌発生率や死亡率は、欧米から比べれば未だ低いレベルにあります。そこには日本人の食生活も大きく関わっている事でしょう。今後も、乳癌予防に於ける食生活の重要性について、疫学的、科学的研究を進め、その関係を解明して、予防に役立てる事が重要です。