癌予防 - データの偏りや誤差の小さい正確な情報を見極める

大橋靖雄、東京大学大学院医学系研究科 公共健康医学専攻生物統計学教授

「疫学」は、健康に関する基礎科学で、集団に於ける健康と疾病の状況を計量的に捉える学問です。影響を与える因子と健康との因果関係を調べる事で、病気の予防を目指します。病気の予防に役立つ情報をいかに収集し、解析するかを追求する「疫学」は、健康情報の氾濫する中で正しい情報を見極める為の有効な手段を提供する事になると思います。

調査や研究による観測値には、常に何らかのデータの偏りや誤差が含まれています。例えば以前、「良く運動し、栄養に気を付けて、昼寝をした人は認知症が減る」という研究結果が報道されました。これは、希望者を募って生活指導をした400人の認知症発症率が3.1%だったのに対し、何もしなかった1500人が4.3%だったというものです。しかしこの調査の対象者には、偏りがあります。このようなプロジェクトに参加し、運動出来る事自体、健康で社会性がある訳で、認知症になり難い人だと考えられるからです。また400人と1500人を対象にした調査に於ける3.1%と4.3%の違いは、殆ど誤差の範囲です。

誤差の小さい精密で正確なデータを取るには、対象者を増やしたり、調査を繰り返して平均値を取る必要があります。またデータの偏りを減らす為に、偏らない対象を選んだり、後で述べる「ランダム化」を行う事が大事です。情報を集める際には、先入観やプラセボ(偽薬)効果などを減らす工夫も必要です。

偏りの原因で、気を付けなくてはならないのが疫学の最大の敵である「交絡」です。これは疫学に於ける概念で、原因と結果の関係を調べる時に、原因と関係のある第三の因子が存在し、それが真の因果関係をもって結果を引き起こしているケースです。例えば、「お酒をよく飲む女性程肺癌になる事が多い」という調査結果が出たとしても、その事から直ぐに「お酒が肺癌を引き起こす」と考えてはいけません。実はお酒をよく飲む人は煙草を吸う事も多く、煙草こそが真の原因だったりするからです。

薬や健康食品の評価など、実験が出来る場面では、データの偏りを抑える為に、薬などを投与する患者を確率的に割り付ける「ランダム化試験」を行うのが理想です。技術的あるいは倫理的にこれが難しい場合には、長年にわたって集団を追跡する「コホート研究」や、患者と健康な人を組にして、過去の生活習慣を調べる「ケースコントロール研究」を行います。ランダム化試験の事例としては、乳酸菌の日常的摂取が、膀胱癌再発リスクを半分程度に抑える成果が得られています。

一般の方が健康情報の信頼性を判断するには、その研究が「具体的な研究に基づいているか」「対象は人か」「学会発表でなく論文報告か」「定評のある医学専門誌に掲載されているか」「研究はランダム化試験や大規模なコホート研究か」「複数の研究で示されているか」がチェックポイントです。是非、健康情報を賢く収集、評価し、生活に活かして頂きたいと思います。


交絡:

 疫学に於ける概念。原因と結果の二つの変数の両方に同時に関連する外部変数の為、原因・結果の分析に偏りが生ずる事。