多くの癌は、「早期発見、早期治療」により死亡のリスクを下げる事が出来るとされます。癌検診の受診率が欧米に比べ低い為、厚生労働省は2年後までに受診率50%以上目指します。ボランティアの活用や無料クーポン券の配布など、受診率を上げる対策の効果や受診率を巡る問題点について考えます。
★普及にボランティア4400人、富山県
「検診、受けて下さいね」。富山県高岡市の市保健センターで、市ヘルスボランティア協議会会長、高橋幹子さん(56歳)が、訪れた男性に折り紙で作った小さな傘を手渡しました。傘には、「忘れないで! がん検診」とのメッセージが書かれています。同協議会は、昨春、地域の体操教室などでコースターや栞などを配り、検診参加を呼び掛け始めました。
切っ掛けは、高橋さん自身の「近くにいた人にすら、検診の大切さを伝え切れていなかった」という体験が大きいとか。地区で共に健康作りに取り組んでいた仲間が約2年前、突然体調を崩しました。末期の胃癌でした。検診は、一度も受けていなかったと言います。
富山県によると、平成19年の高岡市の胃癌や子宮癌などの検診受診率が県内平均より低かったそうです。協議会の活動はこうした状況の打開策として期待が掛かります。協議会の活動を支えるのは、高岡市内全28地区にある婦人会メンバーで、地域での草の根の拡がりも期待出来ます。
富山県は、癌予防の普及を担うボランティア「がん対策推進員」を、5年間で5千人近く育成。今は市町村で独自に養成し、癌だけでなく健康作り全般を支援する推進員も含め、県内で約4400人が活動していると言います。
富山県内の市区町村が実施した平成17年の肺癌検診の受診率は、全国平均より約20ポイント高い42.2%。胃癌検診の受診率も全国平均よりも8.2ポイント高い20.6%です。
平成19年にできた国のがん対策推進計画は、11年度までに各癌の検診受診率50%以上の達成を目標に掲げます。しかし、現状は目標から遠いものです。
経済協力開発機構(OECD)の平成21年調査によると、特に検診による死亡率減少効果が高いとされる子宮頸癌や乳癌は、欧米では7~8割の受診率ですが、日本はどちらも2割強に留まります。大腸癌検診は米国が5割なのに対し、日本は2割強です。胃癌や肺癌検診は、欧米では実施していない国も多く、国際比較は出来ません。国内の受診率推移を3年に1度の国民生活基礎調査でみると、平成16年から19年にかけ、男女とも増加傾向にあるものの、殆どの癌は受診率が3割以下でした。
日本対がん協会によると、平成20年は特定検診(メタボ検診)が始まった影響で、胃癌と肺癌、大腸癌の受診率は下がりました。
★受診率の定義が曖昧
厚労省は昨年7月、「がん検診50%推進本部」を設置。昨秋には比較的若い年齢で問題になっている乳癌と子宮頸癌について、特定の年齢の人に、無料クーポン券と検診手帳を配布する事業を始めました。更に、企業や団体が従業員を対象にする「職域検診」で、受診率の向上に取り組む「がん検診企業アクション」を実施。癌検診を巡る最新情報や検診率を上げる助言を提供するとして、参加企業を募集しています。
日本対がん協会が、全国46道府県の支部を対象に調べたところ、平均で乳癌検診受診率は1月末時点で前年比15%、子宮頸癌は9%上がっていました。無料クーポン券配布の効果だと見られると言います。ほぼ全ての支部で、乳癌検診の受診率は、前年度より増えていました。宮崎県(前年度比215%)や滋賀県(同168%)と大きく伸びた支部もありました。乳癌も子宮頸癌も、若い年齢層や、初めての検診の人の受診率が上がったところが多かったようです。
但し、無料クーポン券配布だけでは、受診率向上に限界があります。民間団体の「子宮頸癌制圧を目指す専門家会議」が、2月に全国の自治体にアンケートしたところ、クーポン券利用率が20%以上の自治体と10%未満の自治体では、クーポン券利用を促進する為に取った対策の傾向がやや異なる事が分かりました。
調査を担当した鈴木光明自治医大教授(産科婦人科)は、「ポスターや広報で知らせるだけでなく、土日や夜間にも検診を実施して受診しやすい環境を作る、改めて葉書や電話で受信を促すといった、積極的な対策が必要だと確認出来ました」と言います。
癌検診に詳しい久道茂宮城県対がん協会長は、「受診率を上げるには、様々な対策を組み合わせると同時に、一人一人に、自分の健康は自分で守る、という意識をもっと確り持ってもらう事も大切だ」と強調します。
そもそも癌検診受診率に関しては、統一した定義が無いという課題もあります。全国の受診率を表すのに使われるのは、各市区町村が地域保険・健康増進事業報告の一環として纏める住民検診受診率と、国民生活基礎調査で3年に1度実施する質問への回答から推計した受診率がありますが、どちらも問題があります。
住民検診の受診率には、職場で実施される検診や個人で受診する人間ドックなどは含まれていません。国民生活基礎調査の場合には、回答者が検診と治療の為の検査を区別して答えているかが不明です。久道さんは、「きちんとした統計無しに、対策の効果は検証出来ない。全国統一基準での受診率の調査と、癌患者発生数、死亡数の正確な把握をすべきです」と指摘します。
[朝日新聞]