癌医療の最前線 - 日本癌学会の市民公開講座

日本癌学会が主催する市民公開講座「がん医療の最前線」が開かれました。喉や口にできる癌や前立腺癌の治療、癌の大本になる細胞の研究など、専門家5人が幅広い分野を解説しました。

★癌幹細胞:佐谷秀行、慶應義塾大学先端医科学研究所教授

癌は不治の病ではなくなってきました。しかし、未だ治療が難しい癌があり、その原因が「癌幹細胞」にある事が分かってきました。

癌は同じ性質の細胞の集団と考えられていましたが、最近、癌を作る幹細胞が存在し、性質の違う細胞を作るとともに、幹細胞自身のコピーも作る事が分かってきました。更に癌幹細胞が、その性質を保つ「ニッチ」という環境があると考えられています。

癌幹細胞は、極めてストレスに強いのです。放射線治療や化学療法で死ぬのは、主に子分の非癌幹細胞ばかりで、残った癌幹細胞から癌が再発します。癌幹細胞を標的にした治療を考えないといけません。

私達は、三つの戦略を考えています。一つ目は、増殖が遅い癌幹細胞から、増殖の早い非癌幹細胞に移行するのをブロックします。二つ目は、癌幹細胞を直接攻撃します。三つ目は、癌幹細胞をニッチから追い出す、あるいはニッチを取り除きます。二つ目、三つ目の治療法によって根治出来ると考えています。

私達は、人工癌幹細胞を作る技術をマウスで研究しています。ヒトの癌に似たモデルを調べる事で治療法を開発し、癌の転移機構も解明したいと思っています。


★緩和ケア:小笠原鉄郎、宮城県立がんセンター緩和医療科部長

これまでの癌治療は、原因を取り除く事が最優先されました。患者は英語で「ペイシェント」と言います。これには我慢とか耐えるという意味もあります。我慢して耐えるのが患者だと、私達も患者さんも思っていた訳です。

今は、原因療法と対症療法の両輪がないと、患者さん中心の治療法にならないのではないかというのが、緩和ケアのコンセプトです。身体治療医だけでなく、精神科医やボランティアなど、多職種で支える事が緩和ケアには求められています。

一方、人間の苦悩、苦痛は希望と現実の差にあります。QOLを良くするには、その差を縮める事です。治療の限界を知り、過大な希望は下げ、緩和ケアで痛みを取り除くなどして現実を上げる事です。その為に、十分なコミュニケーションにより、納得してもらう事が重要です。

QOLは、「快適性」と「意味のある」事で得られます。苦痛を取り除いて快適性を確保し、帰属意識、自己実現など「意味のある」事を満足すれば、中身の濃い人生と言えるでしょう。患者さんに「グッド・イナフ、これで十分」と受け入れて頂けるように支えていこうというのが緩和医療です。


★頭頸部癌:松浦一登、宮城県立がんセンター頭頸科部長

頭頸部癌は、首から上、つまり口や鼻、喉などにできる癌の総称です。顔形もコミュニケーション機能の一つ。生活の質(QOL)との関わりが深い分野です。

煙草とお酒に関係が深く、煙草を1日1箱吸う人は吸わない人より12~15倍、お酒をずっと1日3~4合飲む人は飲まない人より11~15倍、癌になり易いとされています。更に食道や胃、肺に重複癌、多重癌が起きやすい事が分かっています。

癌を治す事が一番ですが、治療後も食べて話せて、顔形も保たれていた方が良いのです。その為には手術、放射線、抗癌剤、緩和ケアも含めたチーム医療をします。それを指揮する頭頸部癌外科医は、日本に260人だけですが、治療ガイドラインがあり標準的な治療の手助けになっています。

標準治療としてのお勧めは、早期癌なら放射線治療、進行癌なら手術となりますが、個々の状況や治療歴によって柔軟に治療法が選ばれます。放射線治療は、最後まで休まずにやり遂げる事が一番大切です。治療期間が長く、痛みを伴います。例えば、皮膚炎や粘膜炎を伴いますが、最近では、コンピューターを使って精密に癌にかける事で副作用や合併症を減らす工夫をしています。


★抗癌剤:石岡千加史、東北大学加齢医学研究所教授

以前は、抗癌剤に対するイメージは良くありませんでした。僅かな延命効果しかなく、副作用は強く、薬は高いというものでした。しかし、現状は変わってきています。

平成12年以降には、分子標的治療薬という新しいタイプの抗癌剤が出てきました。例えば、大腸癌の治療成績ですが、恐らく来年あたりに出るデータでは、転移のある大腸癌でも5年生存率は30%超えると言われています。これには分子標的治療薬が、大きく貢献していると考えられています。

副作用についても、吐き気などを効果的に抑える良い薬ができてきました。一方、頻度は低いですが、分子標的治療薬には、これまでに無い副作用が出てきました。対策は今後も、日進月歩でやらないといけません。

診断方法の開発も重要です。薬が効くかどうか分かれば、無駄な治療をやらなくなり、医療費が節約出来、副作用も回避出来ます。診断に重要な遺伝子検査が、肺癌や大腸癌などで出てきて、日常診療で使われています。

薬の値段が高いという問題も、高額療養費制度があるので、一定の額以上は還付されます。抗癌剤は、決して「百害あって一利なし」ではないのです。


★前立腺癌:荒井陽一、東北大学教授(泌尿器科)

前立腺は、男性にしかない臓器です。膀胱の出口辺りにあり、よく知られている前立腺肥大症は、前立腺の尿道の周囲の部分が大きくなり、排尿障害を起こすものです。肥大症と違って、癌には自覚症状が無く、その為早期発見の重要性が叫ばれています。

患者も増えており、その理由は寿命が延びた事や食生活の欧米化、癌になると分泌が増える蛋白質の量を調べるPSA(前立腺特異抗原)検査の普及も大きいです。

検査は採血で済みます。肥大症や前立腺の炎症でも数値は上がります。50歳で一度検査をしておいた方が良いでしょう。癌のなりやすさは遺伝するので、近親者に患者がいる人は40代で検査を。

癌が疑われると、肛門から指で調べる直腸診を受け、更に超音波で観察しながら細い針を刺して組織を採って調べます。癌が見つかるとMRI検査で画像診断をし、骨シンチグラフィーで骨への転移の有無を調べます。

前立腺癌は高齢男性に多く、進行は比較的ゆっくりです。早期ならほぼ根治出来ます。患者さんの希望、進行具合、患者さんの年齢などを見て、治療しない事もあります。

主治医とよく相談して、生活様式にあった治療法を選んで下さい。


[朝日新聞]