国立がんセンター東病院で大半の患者が治療を完遂出来るようになった最大の理由は、原則として化学放射線療法を受ける全患者に事前に「胃瘻」を作り、栄養の不足分を栄養剤で補うようにした事だと言います。
欧米では、化学放射線療法は手術と並んで頭頸部癌の標準治療の一つです。日本では、治療の完遂率が低く、治療成績は手術に比べると悪いとされてきました。
東病院消化管内科の田原信医長等が、欧米と日本の違いを調べると、治療前に胃瘻を作る点と、痛みの緩和にモルヒネなどの医療用麻酔薬を十分に使っている点でした。
全田さんや田原さん等は、東病院や県立静岡がんセンターなど3病院で、平成17年~19年、臨床研究として、頭頸部癌患者に20人に、事前に胃瘻をつけて化学放射線療法を行った結果、全員が治療を完遂しました。
「胃瘻だけでそんなに変わるだろうか」と半信半疑だった全田さんは驚きました。
今度は、国立がんセンター中央病院の浅井昌大頭頸科医長等に呼び掛け、平成20年~21年、11病院の頭頸部癌患者101人に原則として胃瘻を付け、化学放射線療法を実施しました。100人が治療を完遂し、治療成績は解析中です。
がんセンター東病院の化学放射線療法を受けた頭頸部癌患者の治療成績は、以前は治療3年後の生存率が4割程度でした。ほぼ全患者に胃瘻を作るようになった平成15年以降、中間段階の分析で6割以上になったと言います。
日本の多くの病院では、静脈に点滴して栄養を補給する静脈栄養を行っています。しかし、癌研有明病院の比企直樹消化器外科医長は、点滴よりも胃瘻などで腸から栄養を消化・吸収させた方が、癌治療の完遂率などが良くなる、と指摘します。
腸の粘膜には、免疫細胞が数多くあります。比企さんは「静脈栄養に頼り腸を使わないと、1週間から10日で腸の粘膜が疲弊し、免疫機能落ちます。経腸栄養なら、腸の免疫細胞の働きが保たれ、傷が早く治るなどすると考えられます」と指摘します。
胃癌で胃を全て摘出した後、食道と空腸を縫ってくっつけますが、綴じ目が破れる「縫合不全」が生じ、炎症が起きるなどして入院が長引く事があります。
比企さんは、縫合不全になった患者の内、静脈への点滴で栄養を補給した約10人と、鼻から細い管を空腸まで通し、そこに栄養剤を入れて栄養補給をした約10人の入院期間を調べました。静脈栄養の患者は約35日間入院、経腸栄養の患者は約25日間の入院でした。
最後に、胃瘻が無い患者が抗癌剤や放射線治療などで食事が難しくなった場合、どうすれば良いのか尋ねたところ、比企さんは、「少量で高カロリーの飲み物やゼリー、シャーベットなどを少しずつ口にするなど、腸を使うのを止めない工夫をして下さい」と提案しました。
胃瘻:
腹部に局所麻酔を掛けて穴を開け、栄養剤や流動食を胃に直接送り込む為のチューブを通す方法。
所要時間は20分程度。使わない時は長さ約1.5cmのボタンで蓋をして入浴も出来る。服を着れば、胃瘻があるのは分からない。日本では、飲み込む機能などが落ちた高齢者にはよく付けるが、癌治療の現場では未だ普及していない。