肺癌とEGFR遺伝子変異

日本では現在、毎年6万5千人以上の人が肺癌で亡くなっており、今後も増えていく傾向にあるそうで、私達日本人にとっては、自分や身近な人が肺癌に無縁であり得るというのは難しくなって来ています。

初期であれば、肺癌は主に手術によって治癒させる事が出来ますが、肺癌が治り難いとされる理由は、癌細胞が小さい内から全身へ転移する傾向が高い事が挙げられます。そのような場合、薬に期待するしかない訳ですが、問題は全ての癌細胞を死滅させる有効な薬が無い事です。

そもそも、肺癌はどうして起こるのでしょうか?

最近の研究の進歩によって、細胞の分裂や生死を制御している蛋白質に異常が起こった結果、際限なく増殖する細胞「癌細胞」ができる事によって癌という病気が起こる事が分かってきました。この蛋白質の異常は、その設計図である遺伝子に由来する事が多いのです。
遺伝子の本体であるDNAは、アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)という4種類の塩基が鎖状に繋がった物質ですが、この内一つの塩基が別の塩基に置き換わったり「点突然変異」、幾つかの塩基が脱落してアミノ酸が足りない蛋白質ができる「欠失型」事もあります。
肺癌という、従来は一つの病気であると考えられていたものの中でも原因となっている遺伝子は多数あり、原因となる遺伝子によって、癌の性質の悪さの度合いや治療の効き易さ、病後の経過が異なる事が最近の研究で分かってきました。

中でも最初の典型例として、EGFRという蛋白質が原因となっている肺癌についての研究が進められてきました。EGFRは「上皮成長因子受容体」の略称で、癌細胞の表面にある受容体といわれる蛋白質の一種です。

EGFRは、癌細胞が増殖するのに必要な信号を細胞内に伝える役割を担っていますが、EGFRのスイッチをONにする物質「増殖因子」が結合すると、細胞の中でアミノ酸の一種であるチロシンにリン酸が結合し、信号が次々と蛋白質へ伝えられ、細胞の増殖が引き起こされます。
正常な細胞では、EGFRに増殖因子が結合した時にのみ信号が伝わるのですが、一部の肺癌ではEGFRの設計図であるEGFR遺伝子に異常が起こり、増殖因子が結合しなくてもスイッチがいつでもONの状態になっている事が明らかとなりました。

このようなEGFR遺伝子の異常(突然変異)の原因は明らかではありませんが、日本人を始めとする東アジア人、非喫煙者、女性、肺癌の中でも腺癌に高頻度に見られる事が分かっています。日本人の肺癌のおよそ30~40%は、このEGFR遺伝子変異が原因で起こります。


注)EGFR遺伝子変異のある割合
   日本人:10人に約3~4人、欧米人:10人に約1人